オグラ眼鏡店

沿革

東京日本橋蛎殻町に1941年(昭和16年)に小倉眼鏡商店創業以来約70年。
常に最先端の技術を獲得し、視機能補正総合企業として積極的に社会貢献を行っています。

株式会社オグラ 南旺光学株式会社 株式会社レインボー
オプチカル研究所
株式会社プラザアイ
1941年
小倉眼鏡商店誕生
創業エピソード
1954年
大丸東京店出店 南旺光学株式会社設立
創業エピソード
1959年
株式会社レインボーオプチカル研究所設立
創業エピソード
1962年
国産初コンタクトレンズの製造・販売承認を厚生省より受ける プラザアイの前身となる、レインボーオプチカル研究所直営コンタクトクリニック1号店を開設
創業エピソード
1963年
小倉メガネ新宿ステーションビル店出店
1972年
国産初ソフトコンタクトレンズ〈レインボーソフト〉製造承認
1973年
小倉メガネ横浜西口店出店
1978年
小倉メガネ渋谷店出店
1979年
レインボーコンタクト新宿相談室開業
1982年
立川ルミネ出店
1984年
グループ各社の業務専門化のため眼鏡部門を(株)オグラに移管し、グループ医療機器・コンタクトレンズ卸販売と眼科医療サポートの専門部門に機構改革、事業の充実を図る。
1985年
株式会社オグラに社名変更 人口高齢化時代に向って厚生省(現・厚生労働省)は白内障術後の視力補正に福音をもたらした人工水晶体「眼内レンズ」の輸入・製造を初めて承認、当社も各種眼内レンズの取扱いを開始、業務の拡大に繋がった 酸素透過性ハードコンタクトレンズ〈ハイサンソ〉の製造承認を受け発売
1986年
業務拡張に伴いメディカル販売事業部とコンタクトレンズ販売事業部の2事業部制とし、メディカル部門では眼科開業のコンサルティング業務も開始、医師より信頼を集める。
1990年
遠近両用コンタクトレンズの第1号〈レインボーバイフォーカル〉の製造承認を受ける
1991年
原宿「こどもメガネアンファン」誕生
1992年
商号を「眼鏡店オグラ」に改称 英国ハイドロン社日本総代理店契約を締結。
酸素透過性ハードコンタクト〈ハイサンソα〉の製造承認を受け発売
1993年
株式会社プラザアイ設立。他社商品の取り扱いを開始。コンタクトレンズ専門店プラザアイ本八幡店出店
1994年
「こどもメガネアンファン」原宿から小田急百貨店本店に移転
1996年
京急百貨店に出店 遠近両用ハードコンタクト〈レインボークレール〉同ソフトコンタクト〈フォービュー〉を発売 プラザアイ亀有店・上大岡・相模大野店出店
1998年
レインボーオプチカルの直営相談室をプラザアイへ移管統合、7店舗体制となる
1999年
ロービジョンセンターを渋谷店に開設 (高酸素透過性) 遠近両用ハードコンタクト〈コンフォクレール〉を発売
2001年
アンファン伊勢丹立川店出店
2002年
アンファン高島屋玉川店出店
アンファン高島屋横浜店出店
2003年
資本金3500万円に増資
(株)大丸東京店 大丸眼科診療所廃止
資本金3496万円に増資 資本金4499万円に増資
2004年
プラザアイ本八幡店を市川駅ビルシャポーへ移転
プラザアイ市川店出店
隣接市川シャポー眼科開院
2006年
池袋東武百貨店にこどもメガネアンファン出店
藤沢オーパ店改装リニューアルオープン
iso13485:2003認証取得
高酸素透過性素材・非球面設計ハードコンタクトレンズ“プロミネント”開発。プラザアイにて先行発売
2007年
青葉台東急スクエアにオグラ出店
オグラ宇都宮店、うつのみや表参道スクエア1fに新装移転
大丸東京店、八重洲口再開発に伴い隣接新ビルに新装後、メガネサロンは10f同時に8fこだわりフロアにメガネサロン・アネックスを新設2フロアになる
連続装用非球面ハードコンタクトレンズ“ハイサンソu”の製造販売承認を取得、第50回日本コンタクトレンズ学会に展示発表して9月より発売
2008年
高崎店改装リニューアルオープン
新宿ルミネエスト店改装リニューアルオープン
横浜西口ジョイナス店改装リニューアルオープン
眼精疲労軽減用ハードコンタクトレンズ“ファイン”開発。プラザアイにて先行発売
2009年
川崎be店改装リニューアルオープン
新百合ヶ丘エルミロード店改装リニューアルオープン
新宿店が新宿3丁目新宿ルナージュビルに眼の健康をトータルにサポートする総合店舗として改装移転オープン
2010年
コピス吉祥寺に出店
柏高島屋店にこどもメガネアンファン出店
高島屋大阪店にこどもメガネアンファン出店
渋谷・東急本店にこどもメガネアンファン+Family出店
高酸素透過性非球面ハードコンタクトレンズ“プロミネント”発売
2011年
大丸梅田店にこどもメガネアンファン出店
イトーヨーカドー亀有駅前店改装リニューアルオープン
青葉台東急スクエア店改装リニューアル
相模大野ステーションスクエア店改装リニューアルオープン
松坂屋上野店に出店
相模大野店改装リニューアルオープン
2012年
伊勢丹立川店 アンファン+ファミリーに改装リニューアルオープン
こどもメガネアンファン横浜高島屋店改装リニューアルオープン
大丸東京店増床に伴い、11階に度付きスポーツサングラス専門店 スペックススポーツオグラ眼鏡店が出店。8階、10階と合わせ3フロア展開となる
高機能コンタクトレンズ“ニューステージ075”発売
プレミアム遠近両用ハードコンタクトレンズ“ニューステージ175”発売
2013年
新宿3丁目新宿ルナージュビルに新宿三丁目店がオープン。1階にスペックススポーツ新宿三丁目店、2階にスペックス新宿三丁目店がオープン。
市ケ谷店が改装リニューアルオープン
上大岡店改装リニューアルオープン
2014年
大丸東京店8階アネックスメガネサロン スペックスにリニューアルオープン
新宿ルミネエスト店改装リニューアルオープン
セレオ八王子店オープン

1941年 創業エピソード 小倉眼鏡商店誕生(現株式会社オグラ)

小倉保雄に独立のチャンスが訪れたのは、
彼の仕事に対する真摯な姿勢と周りの人々の暖かい支援によるものでした。

『営業許可もおりて、住まいにしていた水天宮の家を改造し、こうして小倉眼鏡商店が誕生したのは、昭和16年の3月1日でした。妻と二人だけの出発でした。』
今のように退職金があるわけではありません。長くつとめていても、資金にするほどの貯えもありませんでした。しかし、若い私達には、そんなことは独立のためには、なんの支障にもなりません。希望とか、意欲とか、そんな抽象的な気持ち以上にただまっしぐらに努力するしかありません。

『事実、小倉眼鏡商店開店以来、文字どおり24時間が仕事への没頭でした。もちろん、私達だけの力で乗りきっていけるものではありません。周りの方々のお力ぞえを思うと、今でも頭が下がります。』

※二重括弧内は創業者、小倉保雄による手記「鷹は飛びたつ」よりの抜粋

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1954年 創業エピソード 美しいメガネという意味の"南旺"(現南旺光学株式会社)

小倉眼鏡商店を創業後ちょうど12年目にあたる昭和28年、戦後の再興のさなか、
さらなる飛躍のきっかけになる出来事がおこりました。

『昭和28年、大丸が東京に復帰するという話がもちあがりました。復帰というのは、以前、小伝馬町にあったからです。
デパートに入るということは、大変な時代でしたから競争も多く、30余店の申し込みがあったそうです。もちろん、大手数社も入っていました。
大丸からの調査を受け、昭和29年、華やかにスタートをきりました。』
『大丸への出店を機会に、「南旺光学株式会社(屋号 小倉メガネ)」を設立しました。
南はレンズ、旺はニジで、美しいメガネをあらわしています。"南旺"…どこか太陽のきらめきに似た、ロマンの香りがあり、私の気に入りの社名です。』

※二重括弧内は創業者、小倉保雄による手記「鷹は飛びたつ」よりの抜粋

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1959年 創業エピソード 世界の注目を集めたレインボーコンタクト
(現株式会社レインボーオプティカル研究所)

画期的な技術革新により、黎明期におけるコンタクトレンズの大きな欠点を改良した
レインボーコンタクトは世界の度胆を抜きました。

『1959年シカゴで第1回コンタクトレンズ学会が開かれたときには、我が国の業界代表の1人として初代小倉社長が参加し、併せて新しい技術を導入、レインボーが我が国で最初に切削・研摩方式のレンズを発売、一大センセーションを巻き起こすことゝなった。因に当時の国産他社コンタクトレンズは全て加熱プレス方式によっており、光学的中心が不正確なばかりでは無く、経時歪曲を生ずる大きな欠点があったのである。』
※二重括弧内は創業者、小倉保雄による手記「鷹は飛びたつ」よりの抜粋

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1962年 創業エピソード 販売革新をもたらしたコンタクトクリニック
(現株式会社プラザアイ)

技術や商品開発だけでなくセールスにおいてもイノベーションを巻き起こし、現在のコンタクトレンズ販売のデファクトスタンダードともいえる販売方法をあみ出し、我が国のコンタクトレンズ普及に大きく寄与しました。

『最初に実施された企画は直営のコンタクトレンズ診療室のオープンであった。社長の陣頭指揮の下、万端の準備を行い、ドクターは医局の先生方がご担当下さり、コンタクトレンズ販売の付帯サービス業務として、都内全域の眼科と、新しくメガネ専門店、兼業店に向かって、CL希望のお客様の紹介を受ける新販売方式を採用、全員による足まめな一大キャンペーンを開始した。今日は新宿から四ッ谷見附まで明日は新橋から銀座・日本橋までという風にしらみつぶしに飛び込みセールスを行い、大いに成果を挙げたものである。』
※二重括弧内は創業者、小倉保雄による手記「鷹は飛びたつ」よりの抜粋

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